2006年6月5日

大葉が・・・・

お店の看板の上にプランターがおいてある。
なかなかかわいい花とアイビーが下からも見えてステキ、と自負している。
いくつか冬の間に枯れてしまって、空間があったのでこの間そこに大葉の種をばさーっと蒔いたらもりもり大葉が生えてきた。
まだまだ小さくて人差し指の爪くらいの葉っぱなのだけれど
あまりにももりもりしているので、ちょっと間引いた分をそのままそうめんに入れてお昼に食べてみた。
小さいくせにとてもよい香りがしてこれはなかなかいけてるよ。
この分だと夏本番前には毎日大葉料理が食べれる。
大葉って2,3枚欲しいのに10枚セットとかで絶対半分くらい無駄にしてしまっていたからほんとにうれしい。
人間がおいしいと思うものは虫もおいしいのだろうか、小さいくせもはやに虫に食われている。
お店で売ってる大葉は虫がつきやすいからすごーい薬をかけられているらしいので
それを摂取しないで済むというだけでもなんだか良い気分。
大きくなれよ〜!!

 

2006年5月30日

カメムシ日記

ああ、今年もこのいやーな季節なりました。
毎年毎年この時期になると、ムシムシ団が店にやってくる。
非常に迷惑なお客様だ。
過去におきた、セミ事件、羊達の沈黙事件(蛾)、バッタ事件の顛末といったら情けないったらありゃしない。
セミ事件は肉屋のおじちゃんに、羊達の沈黙事件は向かいの先生に御世話になった。
ちなみにゴキ事件というのもあって、その時は思い切ってゴキに殺虫剤をかけたら
大暴れして店中をのたうちまわり、あまりの恐怖に私が店を出て、外からゴキが息絶えるまで
1時間近く見張っていた。
ゴキに店を追い出されるとは・・・・。
店の照明の明るさが原因なんだけど、暗くする訳にもいかないし困ったものだ。
そして今年はどーもバッタが多い。目があかくて小さなやつなのだがかなりの確立で私に向かって飛んでくる。
真正面からやつがこっちに向かってくる時の恐怖と言ったら表現しようがない。
人間いざというときは動けないと言うが、まさにそのとおりだ。
硬直して全く身動きがとれない状況に陥るのである。
このままでは正面衝突!という瞬間に方向転換をするやつは相当な頭脳の持ち主に違いない。
今日に至ってはやけにみどりみどりしたカメムシ?がぶいーーーーんと店を飛び回っているではないか!?
ひょおおおおおおお〜
このサイズとは同居できん。
恐怖のため殺虫剤を致死量以上にかけたら、若干自分も具合が悪くなってしまった。
天井にくっついていたカメムシは1時間くらい同じ場所で粘っていたのだけれど
ぽとっと音がして棚の上に落ちた。
生きてるのか死んでるのか!?
近づいた瞬間にこっちに向かって飛んできたらと思うと、うかつに近寄ることも出来ない。
あーこまったこまった。
と悩んでいたら宅急便のおにいちゃんが来たではないか!
神様ありがとう!!
今年最初のムシムシ事件もやさしい人が解決してくれました。
これも序の口かと思うと泣きたくなるよ。
だれかよい方法おしえてええええ!!!!!

 

2006年3月13日

お店によく来てくれる姉妹の常連さんがいる。
私は影で美人姉妹と呼んでいるのだが、お姉さんも妹さんも別嬪さんである。
二人ともとても楽しい方で、お姉さんはいつも忙しそうな中寄ってくれてちょこちょこと買い物をして行ってくれる。
妹さんとはついついいつも話し込んでしまってかなりの長話になってしまう。
今日も色々教えてもらった上に、ホワイトデーに、といってヴィタメールの焼き菓子までもらってしまった。
実は最近腹の肉が気になって気になって、今朝からダイエットを始めたところであった。
ダイエットと言っても生まれて初めてのことで、朝食をとあるダイエット食品にする、というものなのだが
これが腹が減るの減らないのったら、減るんですよ。
朝以外は普通に食べて良いので、昼が待ち遠しくて待ち遠しくて、ちゃんと食べねばと思って
かなり気合を入れて作ってしまった。
少し少なめにしてみたものの、物足りず食べ終わって一時間もしないうちにいちごとプリンを食べてしまった。
そしてこの頂いた焼き菓子も早速食べてしまった。しっとりしててすごくおいしいフィナンシェでした。
ってあんた、それじゃあ意味ないんすよ!!!
結局のところ、食べることが何よりも好きな私に食べ物でダイエットをしろというのが無理な話でありました。
それにしても美人姉妹はスタイルも良い。
妹さんはお菓子をよくくれるのだがくれるということは、好きということで妹さんも食べているってことで・・・うーむ。
なぜあんなにスリムなのか!?

次の話題が決まった・・・

 

2006年2月2日
インフルエンザにかかった。
うかつにも毎年予防接種を受けていたのに今年初めて受けなかったらあっさりインフルエンザにやられてしまったではないか。
なんという単純な体なんだ。
あまりにも苦しかったのでその闘病記をここに書き残そうと思う(大げさな・・・!)
*1月29日(金)
朝からなんだか咳が出る。別に体調はおかしくもないし、スープスプーンのまりちゃんが遊びに来たからそのままごはんを食べに出かけた。久しぶりに飲んだのでちょっといい気分で帰宅してお風呂に入って頭をよく乾かして寝た。
*1月30日(土)
夜中の2時に寒気がして目が覚めた。熱を測ってみると37.4度だった。こんくらいの熱で寒気なんかするんだろうか、と思い再び寝る。
4時30分また寒気で目が覚めた。熱を測ってみると37.8度だった。そうとは思えないほどぞくぞくしてしかもめまいがする。
眠ろうと思うがなかなか寝付けない。うつらうつらしながらやっと7時になったので、助けを求めようと母親に電話するが出ない。
これはインフルエンザに違いないと思って病院に行こうと思ったが、どうにも立ち上がれない。
8時過ぎまで待って近所に住む友達に電話。あまりの寒気に何言ってんだかよくわかんないが仕事があるらしく×。
壁に寄り添って何とか1階へ下り水を飲んだら少し落ち着いた。脱水症状?
厚着をして近所の病院までよろよろとたどり着き、インフルエンザの検査をしてもらった。
ぞくぞく寒気を感じながら検査結果が出るまで15分待機。なんて長いんだろう。
こんなにおかしな状態なのに結果は陰性。「風邪でしょう。お元気そうに見えますが」とまで言われた。
お元気だったらこねーよ!
結局風邪薬、解熱剤、抗生物質を処方してもらって帰宅。
おかゆを食べて(レトルトのおかゆは常備しておくものですなあ・・・)薬を飲んだ。
気分的に少し落ち着いたので今日中にしなければならない仕事を済ませてから寝た。
寝ていたら母親が食料などなどを持って駆けつけた。その頃にはさらに落ち着いてお腹も減って、
母親が持ってきてくれた豆腐の照り焼き弁当を全部平らげた。
薬を飲んで再び就寝。この時点では体調は快方に向かっているかと思われた。
*1月31日(日)
悲劇はここからが本番だった。
やはり夜中の2時頃に寒気がして目が覚めた。昨日の寒気などは比ではない。
歯がかみ合わないほどぶるぶるして体が痛い。熱を測ると38.1度だった。あがってるし!
布団をもう一枚増やして再び寝た。しかしまた4時半に寒気で目が覚めた。今までで最高のぶるぶるっぷりだ。
熱を測ったら39.1度!死ぬ!
もう時間なんてかまってられない。友達にメールしたが反応なし。電話もしたが反応なし。
4時半から9時くらいまで何度メールと電話をしたか分からないほどだった。
寒気とめまいと咳と腹痛の嵐だった。それは一向に良くならず友達から電話がかかってきた9時過ぎくらいには
もう走馬灯まで見えたぐらいだ。
世田谷医師会に電話して代田橋にある診療所へ連れてってもらったが話が必要以上に長くてイスに座っているのもつらい。
腹が痛いって言ってるのに何もしてくれないし、インフルエンザの検査すらしてくれない。
特効薬のタミフルがあって、それを飲むとうそでしょってくらいきいちゃうんだよ!だの
発症後48時間以内じゃないと効かないから金曜日に発症したから間に合わないだの
とにかく話がなげーーーー。
効くかもしれないからとりあえずさしあげましょうってことになって、とりあえずすぐに楽になりたいから点滴打ってくれっていったら
うちにはそういう施設がないから、東京医大に行きなさい。東京医大で点滴だけって訳に行かないから薬もそっちでもらいなさいと言うではないか。ここはほんとに病院なのか!?
結局辛い時間だけを過ごして病院を出た。
車までほんの少しの距離だったけれど、あまりの腹の痛さに腰を曲げて髪ぼさぼさで歩く姿はさだこより怖かったに違いない。
車の中でウンウン言いながらやっとの思いで東京医大に着いた。
ああさっきの診療所に比べてなんて衛生的なんでしょう。
休みなのにけっこう待っている人がいた。子供が多かったけれど、はっきり言って私が一番重病に見えた。
めまいや寒気もひどいがとにかく腹が痛い。真っ直ぐに座っていることすら出来ないのだ。
一体私の腹に何が起こったのか!?
どのくらい待ったのかよく分からないけど、呼ばれた診察室に入ると若い研修医の女の子が二人と男性が一人いた。
熱を測らされてこの時点でなんと40.1度!今度こそ死ぬ!
やたらと若く見える女の子の研修医は丁寧にカルテを記入して、お腹も見てくれた、
インフルエンザの検査もやりすぎってほど鼻の奥まで綿棒を突っ込みぐりぐりやられ若干鼻血がにじんだ・・・
検査の結果を待っている間にレントゲン。胸と腹をとった。
しばらくして診察室に再び呼ばれた。結果インフルエンザでしたよ。腹の痛みは最初にもらった薬の副作用でたっぷり腹にたまったガスとウンチ。
そういやー具合悪くなってからしてなかったな。つまり便秘かよ。
タミフルが多分まだ間に合うから、タミフルと整腸剤、タミフルと相性のいい解熱剤をもらって帰宅。
おかゆを食べて薬を飲んで少し横になった。1時間くらいして友達が帰ると言うのでふっと起き上がると
む?やけにすっきり。腹も痛くない。
薬飲んで一時間よ。いくらなんでも早すぎでしょう。気のせい気のせい。
そしてポカリをがぶがぶ飲んで寝た。
もんのすごい汗で目が覚めた。
なんでしょう、この爽快感。ジャンプできそうなほど体が軽い。
パジャマと毛布がびしゃびしゃだ。ちょっとやそっとのびしゃびしゃっぷりではない。しぼれそうだ。
とりあえず着替えて熱を測ってみると38.1度。おおまだ熱があるではないか。すっかり治ったかと思ったよ。
そんなことを3回ほど一日で繰り返し夜になって、友達が買っておいてくれた鍋焼きうどんを食べようと思って
下に行くとふらふらもしない。自分で立って料理までできるではないか。すげえよタミフル。
3日間電源を入れもしようと思わなかったテレビまで見れた。ユタさまとチェ・ジウを見て満足して寝た。
再び汗かきまくりで何度か着替えつつも気分よく眠れた。
*2月1日(月)
なんというさわやかな目覚め。熱は36.7度。見事な回復力である。
人にうつす可能性があるらしいので店は今日も休み。
さなえちゃんに来てもらって、ネットのたまっていた分を一気に片付けた。
食欲も普通通り。熱も夜37.1度くらいになったけれどこの後は順調に回復した。
要は病院が休みの土日にインフルエンザになると悲劇というだけの悲しいお話でした。
みなさん、おや?と思ったらすぐ病院に行きましょ〜。休日の場合は大きい病院に行きましょ〜。
おしまい

2006年1月16日

今日アルバイトのさなえちゃんがお弁当を作ってきてくれた。
お昼作ってきたの〜!
と彼女が差し出した包みは重箱かと思うほど大きかった。
これ何人分?とつい聞いてしまった。
するとケロリと二人分だけど。と答える。
受け取ると想像をはるかに上回る重さである。
一体何が入っているのだろうか・・・鉄アレイか!?
冷凍しておいたエビフライがあったからエビ丼作ってみた、というのだがまさか全体エビ丼!?
おそるおそる蓋をあけると(開ける前に半透明で中が見えたが念のため確認)
大きなタッパに満タンにエビ丼!!
どう見ても4人家族のピクニックサイズではないだろうか。
はじめて見るサイズだ・・・オドロキを隠せない・・・
再度聞いてみたのだが、やっぱり二人分だと言いはる。
うーむ。
しかし実際お昼になってみると、すごくおいしくてほとんど平らげてしまった。
どんぶり一杯分残ったので、私の晩ご飯に、とおいて行ってくれた。
3人分だったことが判明した。
でも多分私たちじゃなかったら4人分だと思うけど。

2005年5月19日

めでたく3周年を迎えた!
3周年ってすごいことだよなあ・・・。
思いつきとタイミングでお店を始めてよくここまで続いたなと今更実感。
毎年何かしらセールとかするんだけれど、今年はノベルティと日替わりセールとお得意様だけのセール。
今回は折込とかはしなかったので、お客さん来てくれるかしらん?と一抹の不安・・・。
2階のアンティークショップも同時オープンしたので妹も手伝いに来てくれていた。
ところがオープンして1時間、誰も来ないであるよ!!!!!
もうショックだよ。ショック。3周年記念のその日におしまいかい!?アルマーディオ!
間もなくして母が手伝いに現れた。お昼を持って来てくれたのだけれど、調度(やっと)お客さんが来て母と妹が先に食事をとった。
妹はあまりに暇で下北に遊びに行ってしまった。
誰も来ねえ!と思っていたのでのほほんと構えていたら、そのお客さんを皮切りにものすごい勢いでガンガンお客さんが!
この狭い店内がぎゅうぎゅうでとなりの棚を見るのにもなかなか動けない。
なんだか温度すら上昇したように感じる。いや実際上がっていたと思う。
きれいに並べた品物はもう元の位置はどこですか!?ってくらいぐっちゃぐちゃ。もう誰にも止められなーいー・・・
そしてそれをたたみなおす暇もない!次から次へとお客さんがやってきて私と母はもうパニクりまくって計算もままならない。(いい
のか?)
はっと気がつくと5時を過ぎている。ものすごい空腹っぷりだ。血糖値がさがってくらくら・・・(糖尿病!?)
なんとか1回お客さんが数えられるほどになったので、母が買って来てくれたお稲荷さんとフライドチキンを一個ずつ食べた。
ほっと一息ついたのも束の間、また会社帰りと思われるお客さんたちがどんどこやってきた。
顔なじみのお客さんがお花をくれたりしたけれど、ろくに会話もできないほど。
うれしいけどキビシー!
それにしてもうちのお客さんってなんて義理がたいの!
DMを出したほとんど人が「おはがきありがとう!3周年おめでとうございます。」といいながら来てくれた。
一般的なDMの回収率って一桁と言うけれど、うちは80%はいってる。
泣けてくるよ・・・ホント。
これからも今まで以上にがんばろうと思った一日でした。

2005年4月1日

昨日大好きなさとなおさんのHPを見ていたら、新しくさとなおさんが行ったお店に近所のアパートメントが出ていた。
しかも2月にいらしたらしい!最近ではないか!
あのさとなおさんがこんなに近くにいたなんて、もうオドロキと喜びで心臓がばっくんばっくんしてきた。


さとなおさんとの出会いは(会ってはいない)、さとなおさんの「沖縄上手な旅ごはん」という本である。
その本は、読んでるだけでよだれが出る。そしてなんとしても沖縄に行かねば!という気分になるのだ。
おかげさまで、私もその本と共に2回ほど沖縄へ行き、さとなおさんのオススメのお店に足を運んだ。
さとなおさんの胃袋には完敗である。
さとなおさんと同じように食べ歩いていたら、3泊の沖縄旅行で、間違えなく胃袋が破裂するか、着ていった洋服が着れなくなる。
そのリスクを背負ってでも行ってみたいと思わせる本なのだ。参った。
もちろん、以前裏アルマーディオでも紹介したとおり、沖縄満腹旅行となってしまったことは言うまでもない。

 そんなさとなおさんがアパートメントに来ていたのを知ったら、もう黙っちゃいられん。ってことで
さとなおさんにメールを書いた。沖縄の本のこと、アパートメントのこと、池ノ上にある他のおいしいお店のこと、など。
さとなおさんはとっても多忙みたいで、返事はもちろん来ないだろうと思っていた。
でも、この気持ちを伝えずして今日は終われん!と思って読んでくれるだけでいいと思ってメールした。
それが昨日のこと。今朝メールをチェックしていたら、送信者のところに”さとなお”という文字が見えた。
きゃっ!返事が来た〜!!きちんと読んでくれて、返事まで、しかも翌日にもらえるなんて!
もう卒倒しそうだ。
内容はもちろんヒミツだ。誰にも教えてあげない!
さとなおさんに興味を持った方は是非是非さとなおさんのHPへ!

2005年3月14日

世間様では今日はホワイトデーである。
しかしアルマーディオは葬式だ。
ここ何ヶ月か店に同居していたクモが死んでしまったのだ。
私は決してクモが好きというわけではない。むしろキライと言っても良い。
そのクモは最初2階にいた。寝室にいられるのはこまる。寝ている間に鼻の中とかに侵入されたりするといやだし・・・。
それを察したのだろうかあるとき彼は店に移動した。もう半年以上前だ。
特に巣を作ったりするわけでもなく、被害はなかった。
すかんぽでみんなに話したところ、それは益虫だよ。ゴキの子供とか害虫を食べてくれるんだよ。
と言われたので、なんとなく見つけても触ったり追い回したりせずに放っておいた。
洋服にも虫がつくことがある。それを食べてくれるかもしれないと思ったし、仲良く同居生活を送っていた。
いつも大体壁や天井に突然現れて、私と目があうと飛び跳ねたりして、見かけはグロいけれど
なかなか愛嬌のあるやつだった。ゴキみたいにものすごい勢いで走ったりしないし、私はけっこう同居生活を楽しんでいた。
 昨日も突然現れて、珍しくゆっくり床を歩いてた。
踏まないように気をつけていたが、どうも動きがあまりにも遅いので近づいてみた。
いつもなら近づくと飛び跳ねて逃げるのに、動きは遅いままだ。
気になったけれど、どうにも出来ず放っておいた。
そして今日店を開けて電気をつけると、床に小さな黒い糸くずのようなものが落ちている。
ごみかと思って近づくと、それはクモが足を丸めてひっくり返っている姿だった。
ペットのようにふれあってかわいがったりしていた訳ではないけれど、私にとってそれはなんとも悲しい出来事だった。

 

2004年8月某日

せみ事件が勃発した。
店を開ける時間になったので、内側から自動ドアを開けるべく自動ドアに近づいたのだが、どうもおかしい。ただならぬ殺気を感じる。
いつもと何かが違うのだ。自動ドアのかぎを開けようと手をかぎの近くに運んだ瞬間に異変が何だったのかに気がついた。
ぎゃあああああああああ!!せみがせみがせみがああああああ!!
なんでいるのよ?店んなかだよ!いつ入ったんだよううう!?
もう私は蛇ににらまれたかえる。声を出そうにも声すらでない。出るのは脂汗とううううという声なんだかわからない音ばかり。
とりあえずあとずさって、店の裏の部屋に戻って間の扉をしめて、10分ほど呼吸を整え、放心していた。
もう今日は店を開けられない。あんなところにせみがいるんじゃあ自動ドアのかぎが開けられないよう。えーーん。
そこからさらに20分ほどたった。冷静になって考えてみると、せみがいるから今日はお休みデース、なんて店あるか?
店主はせみにも勝てなくてはいけないのだ。さ、しっかりしなきゃ。
でも、無理よ無理!ぜーったい触れないし、仮に棒かなんかでつついて顔に向かって飛んできたりしたもんなら失神しちゃうよ。
仕方がないので、ご近所のお肉屋さんに行って、おじさんに聞いた。
「おじさーん、せみ好きですか??」って。
おじさんは不思議そうな顔をして「あんまり好きじゃないなあ」と答えた。
好きじゃなくてもお願いだから触れて!!
「触れますか??」
「えええ?どうしたの?」ときいてくれた。やったー!これでおじさんはせみを取ってくれるに違いない。
っていうか、とらざるを得ない状況に追い込んだのだろうか・・・。
まあ、とにかくそんなんでおじさんが来てくれて、せみはおじさんにつかまれて、力なくぶびびびびびと音をたてていた。
おじさんは「いる〜?」っと私の目の前にせみを見せた。
ぶびびびびびび
もちろんいるわけがない!おじさんに持って帰ってもらった。
こうして、この日はせみのおかげさまで1時間ほど遅れて店を開けた。
おじさんありがとう!!
ほんと、肉屋のおばちゃんもおじさんもすっごいいい人!
みんな!お肉を買うなら池ノ上の太田屋さんで買ってね!かの仮谷崎さんもコロッケをオススメしているよ!!

2004年7月17日

大変なものを拾得してしまった・・・
店の掃除をしようと思って、シャッターを開けて、ガラス張りの入り口のところに掃除機をかけていたら、
ガラスの向こうになにやらふわふわとしたものがボテンと落ちてきた。なんじゃ?
外に出てみると、スズメのひなだった。お母さんとお父さんと思わしきスズメが上空を飛び回っている。
店の前は車どおりが激しく、危険だと思い、飛ぶまで見ててあげようと思って、車が来ないか見ていた。
ところが、そのひなは一向に動こうとしない。
どうしたもんかと、ほうけていたら、お向かいの整体の先生が「かわいいね〜」なんて言いながら、「危ない危ない」なんて言いながら、
ひなを拾って、私の店の中に置いていった。そして自分は自転車に乗ってどこかへ行ってしまった・・・・
まさか店の中で放し飼いにするわけにもいかず、仕方なくひなをひろって手にのせて外に出た。
ひっきりなしに親スズメが上空を行ったりきたりしている。高い位置に手を上げてもひなは飛ぼうとしない。まだ飛べないのだろうか。
そんなこんなで、困り果ててひなを抱いたまま店の前に立ち尽くしてしまった。
通行人がなんだこいつ?みたいな顔で私の横を通り過ぎていく。
そんな中一人だけ高校生くらいの男の子がどうしたんですか?と聞いてきてくれた。
事情を説明すると、その子は一緒に困ってくれた。自体は良くならなかったけれど、少し心強くなった。
どこから落ちたのかと、話していると、なんとどこからかもう一羽落ちてきた。
やはり飛べないようで車道をすごい勢いで走り回っている。かなり危険だ。
高校生らしき男の子が、なんとかそのもう一羽を捕まえてくれている間におそろしくでかい三毛猫がひなを狙っているのか
こちらを見ているのを見つけた。その瞬間、親スズメがその猫に総攻撃をかけた。
猫に襲われて落ちてきたのかもしれない。
 拾った2羽を、小さな箱にティッシュをひきつめて、中に入れて、巣の近くだろうと思われる店の2階の花を飾っているところの横においてみた。
ぴよぴよ鳴くが反応なし。箱から出ることすらできない。困ったと思った瞬間一羽が箱から飛び出して隣の家の室外機の上に着地した。
おお!飛べるんじゃん!と思ったのも束の間、室外機と壁の間に落っこちて動けなくなった。このままでは死んでしまうかもしれない・・・
その時、お客さんが来てしまったので一旦店におりて、お客さんの相手をしていた。その間もう一羽は逃げもせずに箱の中でおとなしくしていた。
お客さんが来ている間、パソコンに向かっていれたので、ためしに「すずめのひな」でインターネットで検索してみた。
すると、出るわ出るわ、すずめを拾った人の飼育日記のようなものから、ハウツーまで。
それによると、この子は巣立ちひな、という状態らしく、この時期は車にひかれたり、食べられてしまったり、80%が死んでしまうのだそうだ。
しかし、この時期このように人間に拾われてしまうと、今度は自然に帰れなくなったりもするらしい。
本来ならすぐに巣の近くに安全な場所を見つけて放すのが良いらしいのだが、この状態では放したとたんにお陀仏だ。
そういう場合の育て方も出ていた。
一番良いのは飛べるまで鳥かごに入れて、親鳥の来れる所に置いておくと親鳥がえさを与えて育てる、でもそれだけでは足りないから
ミルワームなどを2時間おきに与える。飛べるようになったら、親鳥が来ているのを見計らって放してやる。
しかし、店をやっている今、鳥かごはないし、えさも無い。
応急処置というところをクリックすると、元気の無い子には砂糖を溶かしたお湯をスポイトで与える、と書いてあったので
それならあるわ!と思ってやってみた。くちばしの先には気道があるのでくちばしの端につけてやると、ぱくぱくして飲み込む。
ひなは体温が40度だから抱っこしすぎは冷えの元、とかえさは温めるとかかなり細かく記載してあり、見ていてうんざりしてきた。
大変なものをひろってしまった・・・・
 ふっと気になって隣の家に落ちたひなを見に行った。すると網戸まで上って網戸に張り付いていた。
生きようとしていることがひしひしと伝わってきた。ここまで乗りかかった船だ、乗ってやろうじゃないか。
さっそく隣の家の戸をたたき(いまどきインターフォンがない)、捕まえてくれるように頼んだ。
おとなりさんが窓を開けると向かいの家に向かって飛んだ(落ちた)。車が来る前に捕まえないと。
飛べないくせに走るのはかなりすばしっこい。結局並びの山の手文庫のおじさんに手伝ってもらってやっと捕まえた。
2羽とも砂糖湯はけっこう飲むのだが、ネットでみたそれに卵の黄身を溶かして耳たぶ程度の硬さに練ったもの、は全然食べようとしない。
ひなは2時間食べないと危険です。食べないときは無理やりくちばしを開けてえさを食べさせましょう、とあるが、
どうやって無理やりくちばしを開けるのかは書いていない。そこが重要なのに!
 あきらめて親にえさを運ばせる作戦にうつることにした。まずはかごがいる。実家に帰ればあるのだが今使いたい。
近所のお肉屋さんのおばちゃんに鳥かごないですか?と聞きにいったら、探してくれたが見つからず、とりあえず箱に入れたまま
ざるをかぶせてみた。親鳥はすぐに見つけて、そのまわりをぐるぐる回ったが一向にえさを運んでいる様子は見られない。
あああ、困った!
 ぴこーんとひらめいた!高校の時の友達のリエが類いまれな鳥好きだ。電話したら会社にいて、帰りに寄ってくれることになった。
(無理やり寄らせた、しかも遠回り)その甲斐あって、2羽は少し食べ物を口に入れた。
ほっと一安心したところでリエの彼が晩御飯の準備をしてくれており、車でリエの家に移動した。
おいしく彼の手料理を頂き、私は2羽を連れて、実家に帰った。時間は深夜の1時過ぎで、お風呂に入って3時くらいに
2羽にえさを食べさせた。ネットで調べたことには、食べる量が少ない時は30分に1回すこしづつ与える、だったので
なかなか眠れず、しかも一人で2羽を見てたものだから、結局寝たのは4時近くだった。
この日一日はすずめで終わった。
 朝7時に目覚ましをかけて起き、またえさを食べさせた。
我が家には犬がいるのでドッグフードをお湯でやわらかくしたものを与えた。
母が手伝ってくれて、私がくちばしを開けて母がえさを放り込む。
なんとかこの連携で2羽ともに食べさせられた。
 母が電話帳で近所の動物病院が野鳥を見てくれることを調べてくれた。
早速動物病院に連れて行くと、すずめちゃんのお名前は?と聞かれた。あるかい、そんなもの!?
すずめ1、すずめ2となった。記入はしたが、このカルテは今後一切開かれることはないであろう・・・
先生に診てもらうと、やはり巣立ちひなだから、できるだけ早くリリースしたほうが良いといわれた。
今すぐ放したいのは私だってやまやまだ。でも放した瞬間車道に落ちて車に轢かれて死んだら、私のせいだ。
とにかくリリースまでの間何を食べさせたらいいのか聞いたら、ミールワーム(虫)とドッグフードの缶詰をくれた。
ちなみにお会計は野生動物なので無料だ。
早速家に帰ってピンセットにつまんでぶるんぶるん動く虫をひなの目の前に持っていった。
すると一羽はものすごい勢いで飛びついた。小さな体で10匹も虫を食べた。
首の横にあるリスでいう頬袋みたいなものがぱんぱんになった。
一方もう一羽は虫すら見向きもしない。仕方なくまたドッグフードを無理矢理食べさせた。
 もう店に行く時間だ。今日は3連休の中日で母親が一緒に来た。途中ですり餌とミールワームとすり餌を与える道具を買った。
店に着くと、2羽とも車の中が暑かったようで口を開けて水をほしがっている。このときばかりは2羽いっぺんに水に飛びついた。
母親に店番をしてもらって、2階でえさをあげていたら親鳥がひなの鳴き声を聞きつけてやってきた。
するとえさを食べないほうの子が網戸に向かって羽ばたいた。部屋の中で飛ばせて見るとどうやら飛べるようだ。
親鳥が近くにいるのを見計らって、窓を開けた。よたよたと並びの山の手文庫の看板まで飛ぶと、親と合流し、元気に飛んでいった。
もう一羽は、寂しそうに見えたが、やはり飛ぶ様子は見られない。飛んでもすぐ下におっこちてしまう。
この子はもう少し面倒を見ることにしよう。2時間に1回ミールワームを与え、すっかりピンセットを見るだけで寄ってくるようになり
手を出すと手の上に乗るようになった。
 次の日起きると、やたらと元気だ。ミールワームももりもり食べた。かごを外に出してやると、親鳥が来た。
もうちょっと待ってね、と思いながら仕事をし、何度目かのえさをあげにいくと、なんだか頭とくちばしの横にキズがある。
外に出たくて暴れたのだろうか・・・ためしに部屋で放してみると、上に向かって飛び、エアコンの上まで行った。
これなら平気そうだ。かごの口をあけて、外に置くと親鳥が迎えにきた。ところが口が開いていることに気がつかないでまた暴れている。
なんという世話のやけるやつだ。親がいるほうに口を向けてやると一気に向かいのマンションの上まで羽ばたいた。
2時間に一回のえさやりでうんざりしていたはずなのになんだかさみしい。
後に残ったのは大量のミールワームとすり餌だった・・・ 

2004年6月某日

な、なんと富山からお客さんが来てくれた!!以前にオークションでお取引があり、私のお店に興味をもってくれたそうで、東京に用事があって、アルマーディオにも来てくれたのだ。にしても、富山だよ〜!!すごい!オークションって顔の見えない取引だから、味気ないと少し思っていたけど、こういうこともあるんだなと、なんだか楽しい気持ちになった。すごく暑い日で汗をかきかきやってきてくれて、帰りはかき氷を食べにいくと言うので知っているお店を教えてあげたら、おいしかった、と電話までくれた。こういうことがあるとお店をやっててよかったなって実感する。

2004年5月15日

今日、お客さんからメールをもらった。以前よく来てくれたお客さんなのだが、最近全然姿を見ないので、私は嫌われたんだ〜!!ガーン!!と思っていた。
ところがそのメールにはお店に来れなくなった理由が丁寧に書いてあった。彼女はお客さんであり、お客さんには店を選ぶ権利がある。
つまりうちの店に来ようがこまいが彼女の自由なのだ。私がいくら彼女を好きでも来てくれと強制することはできない。
人には色々なことがおきる。友達や家族なら起きた出来事を知り、その理由も聞けるだろう。しかしお客さんという存在は微妙なもので
いくらお店で親しくしても決してお友達ではない。詮索したりする権利は私にはないのだ。
 お客様の中には、個人的に一緒に飲みに行きたいとか、遊びに行きたい、友達になりたい、と思う人がけっこうにいる。
でも、それは決して言葉に出すことができない気持ちで、今までそういうふうになった人は一人もいない。(恋愛のようだ・・・)
メールをくれた彼女は本当に素敵な女性で、明るくて元気で私のあこがれの人だった。(今だってもちろんそう)
新築した自宅がとってもステキでテレビや雑誌で見せてくれたり、近所に行ったと話した時は、次は寄って!とまで言ってくれたこともあった。
そんな人だったから、本当にさみしく思っていた。
 けれどこのようにして送られてきたメールは、とても私の心に響き、彼女の本当にすばらしい心配りに感無量になった。
いつもいつも来てくれていた頃の彼女を大切だと思っていたけれど、こうやってお店に来れない時に私のことを思い出してくれた彼女がますます好きになった。
来てもらえない事を悲しむよりも、今は次彼女に会えるのがとても楽しみである・・・


2004年4月

オーガニックフェアなるものを開催した。通常取り扱ってる自然化粧品とオーガニックジャム、クッキー以外にパスタやトマトソース、ジュースなどを入れてみた。チラシを全部で手まきで2000枚ほどまいただろうか。あとはDMとメール。世の中オーガニックブームだし、どれだけお客さんが来るかしら!?とわくわくしていたが、チラシ効果は0!0よおおおお〜!?なんてこったい!プレゼントと全ての商品1割引に心揺れるお方はこの近所にはいないのかあああ!?
常連さんが珍しがって買ってくれたので、まあいつもよりかは売れたけど、チラシを見て来た人は一人も結局いなかった。ショーック!
でも買ってくれた人の評判はすごく良く、ちょっとは認知されたのではないだろうか。
くやしいので、また開催しようと思う。今度は1万枚くらい撒いてみよう。
2003年12月5日
 小学校の予防接種以来初めてインフルエンザの予防注射をした。店主たるものインフルエンザなんかにかかってる場合ではないのだ。
どちらかといえば、痛いことには強いたちなのだが、想像より痛かった。しかも先生が「痛いよ〜泣かないでよ〜」などどおどすじゃあないか!?
ほんとに痛いよっ!へたくそおおお!!
うった所は青く腫れて、その日はずっと身体がだるく微熱が出た。お店にいてもぼーーーーっとしてしまう。もしや逆効果なのでは・・・
でも、結局今シーズンは1回も風邪をひかなかった。注射効果だろうか?まあ病は気からって言うし、注射うったんだから平気平気って気持ちが大切かもね。
ところで、このインフルエンザの代金は経費でおちるのだろうか・・・
2003年12月某日

若いオニイチャンが何か紙を持ってお店にやってきた。この近辺でお正月のショートドラマの撮影をするという。
うちから見える青い家がなんとか監督の家だそうで、その関係で地元の下北沢を舞台に撮影するらしいのだ。
基点は斜め向かいの12月文庫で、そこがともさかりえちゃんの探偵事務所という設定になるらしい。
あいかわらずの田舎ものぶりで、さすが東京!すげえ!と感心しながら、もらった紙を見ていると、現場責任者のところに見覚えのある名前が・・・
きゃっ!大学の先輩じゃ!!携帯の番号が載っていたから電話してみたら、その先輩もうすうす気が付いていたらしく、やっぱおまえんとこの近くか!
と、撮影の日に顔を見せに来てくれた。撮影が華々しく行なわれていたらしい15日、私は店を休んでディズニーシーにいっていた為
ともさかりえちゃんを見ることは出来なかった。くやちい!!
お正月にちゃんと見たけど、どの映像も見たことのある風景でなんとも不思議な気分だった。

2003年11月30日

ホリーで友達になったあすかちゃんの結婚式にお呼ばれした。あすかちゃんはホリーで一番に仲良しになった子。
とっても明るくて、私の大好きなタイプ。あすかちゃんはホリーで私のお店の話をしたら、わざわざお店まで来てくれた。
それ以来、けっこう仲良くしてもらって、私がアクセサリーのオーダーをしていることを覚えててくれて、この日、あすかちゃんは
私の作ったクラウンを頭にのせて結婚式をした。
今流行りの一軒家でやるお式だったのだが、少人数の仲良しさんばっかりだったせいか、とてもあたたかい良い式だった。

2003年11月5日

ホリーで仲良しになったあすかちゃんの友達のかよちゃんが、ショップカードと名刺のデザインをしてくれた。
かよちゃんは、すっごくセンスがいい。カードはお店を見て、私の希望を聞いてデザインしてくれたのだが、予想以上の出来で感激してしまった。
自慢して配りたくなるようなステキなカードだ。かよちゃんサイコー!
このページを含むHPで利用してる花柄がカードに使われたデザイン。むう・・・かわゆらしい!
普段雑誌のデザインをお仕事にしていて、それも見せてくれたけど、どれもステキだった。
今月末のあすかちゃんの結婚式の招待状もかよちゃんがデザイン担当。これまたステキじゃ!
2003年5月19日
 とうとうアルマーディオも1周年を迎えた。1周年セールなるものを実施したのだが、DMをもってたくさんのお客様が来てくれた。
そしてオープンの時同様友達や親戚からたくさんの花が送られてきた。1周年を迎えられて奇跡じゃ、とも思ったと同時にすごく幸せだった。
来年も無事に2周年が迎えられますように・・・
2003年4月26日

去年お店をオープンした時期に、時をほぼ同じくしてオープンした店が下北沢の一番街にあるHOLLYだ。
この日ホリーはアルマーディオより一足先に1周年のお祝いだった。
オーナーのまさみさんは頼れるお姉さんのような存在で、よくお互いのお店の事を話した。
このバーで知り合った人と、仲良くなって私の下北ライフはパワーアップした。
わざわざアルマーディオに来てくれる友達もできた。
自分のお店を終えて、はらぺこでまさみさんのカレーを食べに行くのがとても楽しみ。
女の子1人でも安心して行けるバーなので近所の方は是非どうぞ!
2003年4月10日

FM世田谷ではじめてのリポートをした。
小さいころバレエをやっていたので、下北沢のカルチャーセンターにバレエの体験レッスンを受けに行って、その事を話した。
バレエははっきり言ってすごくいい。
最近大人のバレエがはやっているけれども、やはり本当の初心者さんには勇気がいる。
その最初の一歩を踏み出すお手伝いができれば、と思いリポートしたのだが、あまりの緊張に何を話したんだかあまり覚えていない。
パーソナリティの白倉さんがとてもいい人で、お店の宣伝をしてくれた。
この後月に1回程度リポートをすることになるのだが、白倉さんは毎回お店の宣伝をしてくれた。
誉めついでに言うと、とてもいい声で聞いていて気持ちがいいので世田谷区に住んでいて、まだ聞いたことのない人は一度聞いてみて
もらいたい。けっこう練馬あたりでも入る。83.5(やさしいラヂオ)だ。

2003年3月某日

世田谷区の広報(?)を見ていたらおもしろいものが目に入った。
FM世田谷(ラジオ)が特派員を募集している、というものだった。
区民レポーターが10分の枠の中で自分の興味のあることなどをリポートするのだ。
おもしろそうなので早速応募してみた。すぐに書類が送られてきて選考の結果選ばれたという。(どういう基準だ?)
説明会等があり、お店の営業時間にも少し影響した。でも地域の人との交流のチャンスだし
お店にとってデメリットではないと思ったので、やってみることにした。
さてどうなることやら・・・
2003年2月19日
 ギフトショウに行った。色々なお店が所狭しと並んで、いいなと思うものもいっぱいあった。
しかしながら世間は個人商店には冷たいのだ(T_T)
たとえば、年間お取引金額は1000万からとさせていただいております、とか毎月コンスタントに30万のお取引をお願いしますとか、
資金のない個人商店にはかなりきつい。
しかもうちの店のように半分リサイクル、半分セレクトとなるとワンアイテム各色1つずつとかとっても小さな取引しかできない。
そんな小ロットで取引してくれる卸業者はあまりない。
それでもいくつかは候補に残って、中でもペットの写真を加工してお財布やバッグにプリントしてくれるフラジルイメージの商品は特に気にかかった。
アニヤハインドマーチが空前のブームであったが、アニヤはかなり高い。
しかもアニヤだとナイロンにプリントだけど、フラジルイメージは上質のヌメ革にプリントしてくれ、
それは年月をおって味のある色へと変化していく。問題は取引金額。
しかし、その問題も即解決した。既製品の扱いではなくオリジナル、つまりオーダーのみの取り扱い代理店契約ができた。
はれてアルマーディオに新商品が入った。他社に比べてリーズナブルにオーダーできるため、ペット好きにはたまらない商品だ。
初めての契約、なんだかおままごとから仕事へと成長を遂げたかのような気分である。
2003年2月

とうとう青色申告本番だ。記載する用紙はけっこうたくさんある。
しかしお店をはじめて1年目はもちろん赤字だ。記入するところも少ない。
あっという間に記入は終わったが、なにがどうしてここにこの数字がくるのだ?
税理士さんに言われたとおりに記載して完成にたどりついたものの実は意味が良くわかっていない。
実家の方の市役所から市民税を払えという通知も来ている。青色申告をしたらこれはどうなるのだ?
払わなくても脱税にはならないのか??脱税は罪だぞ!!この年で罪人にはなりたくないよう!!
が、これは問題なかった。青色申告をすれば市民税の手続きはしなくても良いらしいのだ。
イマイチどういう仕組みなのか分からないが、まあ良いとしよう。
 緊張しつつ母親と一緒に青色申告をしに北沢税務署に行った。
緊張の面持ちなのは私だけであっという間にはんこを押されて、控えをもらって帰ってきた。
あまりの簡単さに脱力した。来年も同じ事をするのだから、よーく覚えておかねば。

2002年12月

青色申告の時期が近づいてきて、なにやら資料が送られてきた。
はっきり言って全くわからん。貸借対照表を「ちんしゃくたいしょうひょう」と読んで恥をかいたのはいつのことだっただろう・・・(もちろん今は読めるよ)
お店を始める前に、アントレプレナー養成講座でいやってほど勉強したはずなのに、資料を見ていたら、くらくらしてきて吐き気をもよおした。
自慢じゃないがエクセルはかなり使える。日々の明細らしきものは必要以上にこまかくつけている。A型の血がそうさせるのだ。
ところがこの貸借対照表だの、損益計算書だのになると一気に謎の文書になるのだ。
お店を始める時に税務署で税理士を派遣してくれるというので、希望するに○をした。派遣してもらった税理士さんはとてもいい人で何を言ってもチンプンカンプンの私にとても丁寧に教えてくれた。おかげで指示された準備はばっちりできた。
だが、実際の青色申告については後日やってみてから記載したいと思う。

2002年8月お盆

また連休をとってしまった。
でも、今回はいたしかたあるまい。お盆なのだ。全国的に休めと命令されているのだ。しかも店の前の通りには皆さん帰省しているのであろう・・・
人っ子1人通らない。安心して休養をとるとしよう。
2002年7月某日

初めての連休をとった。
OL時代の連休は良かった・・・なんのためらいもなく休めた。自分ひとりが休んだって会社はびくともしないのだ。(そりゃそうだ。)
せっかく楽しく旅行をしてるというのに、店のことが気になって仕方がない。
泥棒が入ったりしてないだろうか、この3日間でお客さんはアルマーディオがつぶれたと思ってしまうのではないか、
そして、この3日間私は無給なのだ!稼ぎがないのだ!即席プータローなのだ!!
ああ、こんなことなら休まなきゃ良かった。旅行なんて来なきゃ良かった。
青い海もスカイブルーの空も、私にとっちゃあダークブルーだ。
お店を持つってこういう辛さもあるのだと実感した3日間だった。
2002年某日
 事件が起こった。
夜、店をもうそろそろ閉めようかなって思っていたら、男の人が入ってきた。なんだか赤い顔をしているし、そもそもうちの店に男の人が一人で来るなんて、
滅多にない。やだなあって思っていたら案の定そいつはこう言った。
「金貸してくれよ〜」
冗談じゃない。その金を出すために金庫を開けた途端に強盗にならないと誰が証明できるんだ!?
「けえってくれ!ここは金貸しじゃないよ!」とさくら吹雪を見せながらかっこよく言いたかったが、小心者の私はびびってそれどころではなかった。
よくよく聞くと、どうもタバコを買うのに10円足りないというのだ。10円くらいくれてやるから早く出てってというのが本音だった。
でも、とにかく金庫を開けたくなかった。
「うちは10円単位のものがないので10円はありません」とか
「タバコ屋さんで借りてください」とか
あの手この手で逃れようとしていると、男が突然怒鳴った。
「人でなし!こんなに人が頼んで困ってるのにダメなのかよ!?ちゃんと返しに来るし、書くもん出せ!住所と電話と名前書いてくから!」と。
おいおい、人でなしはどっちだよ。そんなめんどくさいことするなら、一回家に帰って取って来た方が早いんじゃないかい??
その時、手の届くところになんと好都合なことに10円があることに気が付いた。
助かった、と思ってそれを渡して、出てってと追い出した。
そいつは、名前と電話を書いた紙を残し、最後に「絶対返しに来るからな!」と言っていた。
結局、別に強盗でもなんでもないただの酔っ払いだったけど、その後あまりの恐怖にひざの力が抜けて、座り込んでわんわん泣いてしまった。
こんな時、女性一人でお店をやっている人はみんなどうしているんだろう。
翌日警察に連絡してパトロールを頼んだ。向かいの整体の先生や近所の人にも、事情を説明して、たまに覗いてくれるようにお願いした。
防犯ブザーとカメラも設置した。
そして、そいつは今のところ金を返しには来ていない。来なくてケッコーコケコッコー!

2002年5月19日 開店

なんでこの日にしたんだろう・・・たしか連休明けたばっかりはお金がないだろう・・・とか色々試行錯誤した結果こうなったのよ。当日はバレエの友達や前の会社の友達がたくさん来てくれた。チラシ配ってくれたりお祝いもらったり思いがけずうれしかった。花も続々と送られて来て、一個も来なかったらどうしようという不安はあっという間に消え去った。
看板も無事間に合って立派に目立ってます。
看板は妹がフリーマーケットで知り合ったアイアンデザインをしている高橋こうやさんがデザイン、作成してくれた。後に彼はタケシの誰でもピカソとかいう番組に出るほどの人だと分かった。とても評判が良く自慢の看板。
そして、お客さんが1人も来なかったらどうしようという不安も、OPEN前に来てくれたお客さんのおかげで消え去った。一日目はチラシ効果もあって順調に終わった。
この日私は友達や家族がいてくれなかったら、どうなっていただろうと色んな意味で感謝した。本当にありがとう!!